編集後記:オルティスとボンズ、そしてダブル・エックス

今日から編集後記の後ろに、ちょっとしたタイトルをつけてみます。特に理由も無いんですけど、どうも見てて地味かなぁとも思うので(苦笑)。それはさておき、ワシントン・ナショナルズのアルフォンソ・ソリアーノ選手、またまた記録達成です。数日前に収録したポッドキャスティングの中で、彼がメジャー史上4人目となる「40・40」を達成したと紹介しましたが、22日にニューヨークのシェイ・スタジアムで行われた対メッツ戦で、今度は「40・40・40」を達成したんです。このもう1つの「40」なんですが、2ベースヒットの数なんです。過去に「40・40・40」を達成した選手はおらず、明日のワシントン・メディアはこの話題で盛り上がりそうですヨ!

記録といえば、やはりデービッド・オルティス。ポッドキャスティングの中ではジミー・フォックスの記録に並んだとお伝えしましたが、21日の対ツインズ戦で2本のホームランを放ち、ついにシーズン本塁打数の球団記録を更新しました。ワシントンでは中継が無いため、ボストンの友人からの電話でホームランの事を知ったのですが、オルちゃん(あえてそう呼ばせてください、今日くらいは)本当におめでとう!

20日に50号を放ち、オルティス選手がジミー・フォックス選手の記録に追いついた事は番組の中でも話しました。しかし、同じ日にジミー・フォックス絡みでもう1つの記録が達成されていたんですね(すっかり忘れていました…)。サンフランシスコ・ジャイアンツのバリー・ボンズ選手が1923打点を記録し、メジャー通産打点記録で第5位に浮上していたんです。ジミー・フォックスの名前を同じ日に2度も聞くとは思いませんでしたが、ワシントンDCの近くで生まれたこの名選手の話も、いずれゆっくりと。フォックスのスペルにXが2つあったことから、当時は「ダブル・エックス」というニックネームで呼ばれていたようですが、本棚から球団史を取り出して、あらためて彼について学んでみようと思います。

Written by Hirofumi Nakano

編集後記:第3回目

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セントルイスからワシントンに戻ってきました。現地時間で土曜日午後1時過ぎに予定されていたフライトが大幅に遅れてしまい(12時ごろに空港に着いてすぐ、「デトロイト経由ワシントン行きは4時頃まで遅れそうです」とのアナウンスが…)、どうなるのかと思ったけど、ワシントンへの直行便に席をとってもらい、結局予定よりも早く我が家に戻ってきました。

昨日の編集後記でも触れたけど、球場の景色が凄く綺麗だったので、写真をアップしておきます。外野席が意識的に低く設計されていて、球場から町を眺めることができるんです。最後に僕の写真も1枚入れてみたんだけど、本当に試合終了後にニヤニヤしてしまうほど、満足度の高い夜でした。球場建設や球場でのサービスといった点では、ワシントン・ナショナルズはセントルイスやライバル視する(営業面で)ボルチモアから色々と学ぶべきだと思いましたよ。

Written by Hirofumi Nakano

編集後記:第2回目

ミズーリー州セントルイスに来ています。ここはアメリカで僕が最初に訪れた町でもあるんです。ここに初めて来たのが1985年頃だったはずなので、もう20年以上前です。町には僕が小学生の頃から御世話になっているアメリカ人家族が今も何組か住んでいて、久しぶりにみんなと食事をしたのですが、僕も含めて「年をとったなぁ」という感じです(むこうは、本当におじいちゃんとおばあちゃんになってましたけどね)。最後にセントルイスを訪れたのが99年の秋で、今回の滞在で真っ先に「町がずいぶんと綺麗になったな」という印象を持ちました。

綺麗になったのは町並みだけではありません。セントルイス・カージナルスも今年から新しい球場でプレーしているんです。と言っても、球場の名前は以前と変わらず「ブッシュ・スタジアム」で、ロケーションも旧ブッシュ・スタジアムの真横なんですけどね…。幸運にもチケットを入手できたので、15日夜に行われた対ジャイアンツ戦を観戦してきました(30分前にホテルに戻ってきたばかりです)。詳しい事は次回のポッドキャスティングで話したいと思うのですが、田口選手の二塁打よりも、4万5000人の観衆が総立ちで行ったバリー・ボンズ選手へのブーイングよりも、感動したことが1つあったんです。

僕が一番感動したシーン。それは球場に入って、自分の席に座った瞬間に、視界に飛び込んできたセントルイスの景色でした。中西部の町セントルイスはアーチのような有名な建物が多いのですが、新球場は外野の壁がほとんど無く(つまり、外野席も他の球場より少ないわけです)、外野の向こうにそびえ立つ高層ビルや歴史的な建造物を見ることができるんです。今までいろんな球場に足を運びましたが、このボールパークほど町の一部として見事に溶け込んだ雰囲気を醸し出すものはありませんでした。設計者の野球と町の両方に対する愛情を感じずにはいられませんでした。

写真も撮影したんだけど、パソコンとカメラつなぐコードをワシントンの自宅に置いてきたため、今晩のアップロードは断念します(涙)。ただ、本当に素晴らしい景色なので、明日の夜にでも写真をアップします。赤靴下ファンの僕が言うのもなんですが、野球ファンの皆様、ぜひ一度はセントルイスで野球観戦を楽しんでください!

Written by Hirofumi Nakano

編集後記:第1回目

7月から開始した「イースト・コースト・ベースボールフリークス」。番組スタート時から編集後記っぽいことをブログ上でやろうと考えていたのですが、生来のいい加減な性格が原因で(苦笑)、気が付くとカレンダーには「セプテンバー」の文字が…。遅くなりましたが、9月11日夜より定期的(?)に編集後記もアップデートしていこうと思っています。

この前の放送で、若い選手たちの活躍について話しましたが、60年代のボストンに「トニー・C」と呼ばれたスター選手がいたのをご存知でしょうか?トニー・コニグリアロというイタリア系の選手で、彼はイースト・ボストンで生まれ育った生粋のボストニアンだったのですが、デッドボールが顔面に直撃して大怪我を負うまでは、球史に残るスター選手になると期待されていました。60年代のイギリスではサッカー界のスーパースター、ジョージ・ベストを見ようとする若い女の子達でサッカー場が埋まったそうですが(ベストには「ビートルズの5番目のメンバー」というニックネームもあったほどです)、同じ時期にフェンウェイパークでも似たような現象があったんですね(コニグリアロはかなりのイケメンだったんですよ)。

レギュラーシーズンが終了した頃に、コニグリアロも含めて、レッドソックスで活躍した伝説の選手たちを紹介するのも面白いかもしれないですね。では、また。

Written by Hirofumi Nakano

8月11日号のお知らせ

実は収録をしたのですが、私(藤原)の手違いで音声が録音されておりませんでした…。
なので、今回は週1回のスケジュールより少し遅れてしまっております。

次回の収録は水曜日16日に予定しています。